瞑想のためのアフォリズム

 

魂から祈り

自分を捧げて瞑想するたびに

主スープリームが花咲いていくのが見える

私のハートの中で

美しく光を放ちながら

〜シュリ・チンモイ著「神は…」より

 

神と心を通わせるため

人には静寂な瞑想がある

人と心を通わせるため

神には本当に必要な<平和>がある

〜シュリ・チンモイ著「神は…」より

 

瞑想が教えてくれることはただひとつ―神は存在する。

瞑想が示してくれる真実はただひとつ―神のビジョンは私達のものだ。

〜シュリ・チンモイ著「瞑想」より

 

瞑想とは何だろう。

瞑想とは人間の自己覚醒であり

神が自らを捧げることだ。

この二つが出会うとき

人間は内的世界で不滅となり

神は外的世界で満たされる。

〜シュリ・チンモイ著「瞑想」より

 

瞑想は神の言語だ。

自分の人生で神の意志が何であるのか

知りたいですか。

神に自分を導き

形づくり

自分の中で自分を通して神自身を満たしてもらいたいですか。

それなら瞑想という言語を使わなくてはならない

〜シュリ・チンモイ著「瞑想」より

*

瞑想は神聖な贈り物だ。

瞑想は外面の人生をシンプルにし

内面の人生に活力を与えてくれる。

瞑想によって人生は

自然でのびのびしたものになる。

とにかく自然でのびのびし

自分自身の神聖さを一息ごとに意識しないではいられなくなる。

〜シュリ・チンモイ著「瞑想」より

 

魂のこもったこころが至高の真実を発見した。

神に瞑想するのは

義務ではなく名誉なこと。

〜シュリ・チンモイ著「瞑想」より

*

<ゴール>に到達したい

だから集中する

<ゴール>のハートの中で生きてみたい

だから瞑想する

<ゴール>そのものになりたい

だから観想する

〜シュリ・チンモイ著「瞑想」より

Sri Chinmoy’s Messages for Japan

Some of Sri Chinmoy’s messages, poetry and comments on Japan, from Sri Chinmoy Library:

Message for Japan

Japan is the land of infinite beauty, and this beauty is expressed through inner peace. Man has seen many things. Of the many things that man has seen, peace is new; and Japan is offering this new thing to the world.

Kyoto, January 7, 1986

Salutation to Japan

Japan is the land of beauty. This beauty is not something that man has created. It is something that God Himself is, and that God Himself has. What God Himself is, and what God Himself has, in one form is beauty. This beauty is revealing itself through the body, vital, mind, heart and soul of Japan.

Sri-Chinmoy-KamakuraWhen we think of Japan, when we pray for Japan, when we meditate on Japan, we see a very, very special quality of our Lord Supreme. This unique quality is His self-expression and revelation of His own Infinity in and through His finite, little self. God is infinite. He is vaster than the vastest. Far beyond our imagination is His vastness. But again, He can reveal Himself through the finite, smaller than the smallest. This unique quality and capacity of His can be found only in Japan. It is not nature’s beauty in Japan-though that has its own value-but it is the inner beauty, inner softness, sweetness, tenderness, purity and humility of Japan that have pleased God the Creator most powerfully.Inner beauty is your birthright. This inner beauty God, our Beloved Supreme, cherishes. He is fond of your inner beauty and proud of your outer beauty. Your inner beauty is your heart’s sleepless cry for God. Your outer beauty is your willingness and eagerness to serve God the creation.

In the East, the sun rises in Japan. The inner sun will also rise here sooner than the soonest to illumine the East, to illumine the West and to illumine the whole world.

This salutation to Japan was offered by Sri Chinmoy on 27 September 1987 in Kyoto.

Sri Chinmoy, Japan: soul-beauty’s heart-garden, Agni Press, 1993

Mu Magazine: Finally, if you have any message for the people of Japan, could you share it with us?

Sri Chinmoy: Japan is a country filled with infinite beauty. It has an image of a beautiful flower garden. This beauty is expressed through inner peace. Man has seen many things, but of these things peace is new. Japan is offering this new treasure to the world.

Japan has some other very special capacities to offer. Japan produces such small, beautiful things. God is infinite and finite-larger than the largest and smaller than the smallest. He is both the ocean and the drop. He is inside me as a human being and, again, He is inside the vast sky and ocean. In Japan I see God the Creator in His small aspect, but at the same time, so beautiful and powerful. Here I see the finite expressing the Beauty and Divinity of God in such a powerful way, and I am deeply impressed. It is like the difference between seeing a child do something and a grown-up do it. When the child does it, I get much more joy. In Japan’s case, the child is Japan’s childlike flower-consciousness-a beautiful flower is reaching the highest in terms of beauty and purity. As soon as I think of Japan, my mind feels beauty, my heart feels purity and my life feels humility. I could write hundreds and hundreds of poems about Japan. In fact, I have already written them in the depths of my gratitude-heart.

During this trip I feel that I received more than I offered. I tried to give a little peace to the hearts of my Japanese brothers and sisters, and they gave me their love-which is so deep and profound. I am grateful to you for asking me such wonderful and important questions today.

Tokyo’s goals

Liliya-300x218

瞑想のためのアフォリズム集

Tokyo hardly ever cries.
Tokyo rarely smiles.
Tokyo soulfully tames her outer life.
Tokyo manfully braves her inner knife.
Tokyo’s outer goal
Is everywhere in the heart of nowhere.
Tokyo’s inner goal
Is nowhere near frustration,
humiliation or consolation.
Tokyo’s inner goal
Is in her mind’s perfected
Silence-Light.

集中の練習


~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


Schw_ne

集中の練習

1 「点」

集中の力を高めたいのなら、この練習をしてみるといい。まず冷たい水で顔と目をよく洗ってから、壁の目の高さに黒い点を描いてみる。およそ25センチほど離れたところで点に向かって立ち、それに集中する。数分が経ってから、息を吸うときにその息が本当にその点から来ているのだと感じ、そして点もまた息を吸っていて、あなたから息をもらっているのだと感じて見なさい。そこではあなたと黒い点と云う二人がいるのだと想像するのだ。あなたの息は点から来て、点の息はあなたから来ているのだと。

十分経ってから、強力な集中が出来ていれば、あなたの魂はあなたを離れ、壁の点に入っていったと感じることだろう。こうなったら、あなたは自分の魂と会話をしていると感じて見ること。魂は神を悟るために魂の世界にあなたをいざなって行き、あなたは体現<マニフェステーション>のために、魂を肉体の世界へ連れてきているのだ。このようにしてとても簡単に集中力を高めることが出来る。しかしこの方法は繰返し練習することが必要だ。練習すれば簡単に出来ることはたくさんあるが、練習無くして結果は出ないものだ。

2 ハートと云う友

Picture-5-400x240-300x180指先やろうそくや他の物体に集中することが出来るように、ハートに集中することも出来る。目を閉じてもあるいは壁を見てもかまわない、その間ずっとハートをとても親しい友がいると思ってみなさい。するとこの思いは強い勢いを持ち始める。そしてあなたのすべての注意がそこに注がれたとき、あなたは通常の思考を超えて、集中の域に入ったと云うことになる。肉眼でスピリチュアル・ハートを見ることは出来ないが、注意の全てそこに向けることは出来る。すると徐々に集中の力がハートの中に入っていき、マインドの領域から完全に外へとあなたを連れていってくれるのだ。

あなたがまだ純粋さが豊富になくて、数えきれないほどの世俗的な欲望をハートにかかえているのなら、その場合、ハートに集中する前に純粋さを呼び起こさなければならない。純粋さとはハートの一番奥に、生きた聖シュラインなる社をもっている感覚のことだ。内的なシュラインの神聖な存在が感じられれば、そのときあなたは浄化される。そして、ハートでの集中がとてもうまく出来るようになるだろう。

3 生の鼓動

自分の鼓動に集中するのが好きなシーカーもいる。この練習をする場合、心脈がとぎれて死ぬのではないかと云う恐怖心をもたないこと。スピリチュアル・ライフで真の勇者になりたいのなら、鼓動に集中する練習を始めてもいい。これは終わりのない生に入ってゆくまたとない機会です。鼓動の音を一回聞くごとにすぐ、自分の無限な、不死の生を感じてみるがいい。

4 内面の花

pink-rose-400x240この練習には花が必要だ。半眼で、花全体を何秒か見てごらん。集中している間は、自分がこの花そのものだと感じること。また同時にあなたのハートの一番奥でこの花が大きく育っているのを感じること。自分自身が花で、自分のハートの中で育っているのだよ。

そして徐々に、その花の花びら一枚に集中してみる。あなたが選んだこの花びらは、あなたの現実の存在の種子なのだ。数分経ってから、また花全体に集中し、これが〈普遍の現実〉だと感じること。こうして、最初は花びら、つまり自分の現実の種子に集中し、次は〈普遍の現実〉である花全体に集中すると云うことを、代わる代わる行ってみるといい。この練習中には、マインドに何の考えも入れてはいけない。マインドを完全に落ち着かせ、静かに、そして平静にすることが大切だ。

しばらくして、目を閉じ、今まで集中していた花を、あなたのハートの内側に見るようにしてみること。ちょうど肉眼で見える花に集中したのと同じように、目を閉じたままで、ハートの中の花に集中してみなさい。

~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

Play video

矢と弓-集中は矢で瞑想は弓


~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


kyudo publicdomain

弓道の練習をします

矢と弓

集中は矢で瞑想は弓

集中とは、何かテーマや物体にエネルギー全てを向け、その神秘のベールを剥がそうとすること。

瞑想は、限界ある意識からより高い意識へ行くこと。そこには静寂の広大さが君臨する。

集中はめがけていくその知識をとらえたい。瞑想は追求するその知識と一つになりたい。

集中は心の乱れを許さない、心の乱れとは集中の部隊本部に入って盗人だからだ。

だが瞑想はその盗人を中へと招き入れる。

何故?

もちろん現行犯で逮捕するためだ。

集中は散りじりにおなってしまった意識を我に返るよう促す司令官。

集中と絶対に強固な意志

この二つは分かちがたいだけでなく、お互いを必要とする神聖な戦士。

集中は敵に決闘の挑戦をし、戦う。瞑想は、その静かな微笑みで敵の攻撃の威力を小さくする。

集中は神に云う。

「父よ、あなたのところへ参ります。」

瞑想はこう云う。

「父よ、どうぞここへいらして下さい。」

道<アスピラント>を求める者には真摯な教師が二人いる:集中と瞑想だ。集中はいつも生徒に厳しい。

瞑想は時に厳しい。でもとにかく、二人とも生徒の前進に心から関心を抱いている。

 ~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

質問:ベジタリアン – 菜食主義


~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


srichinmoysprintinghouston

ベジタリアン – 60+才

Q: スピリチュアルな生活を送るのには、ベジタリアンでないといけないのですか?

A: ベジタリアンでいることは、スピリチュアルな生活においてとても意味のあることだ。純粋さ<ピュアリティ>と云うのは神を求める者<アスピラント>にとって最も重要だ。この純粋さを身体、生バイタル 命エネルギー、そして思考<マインド>に作り上げなくてはいけない。肉を食べると、動物の攻撃的な意識がわれわれの中に入ってくることになる。神経はかき乱され、落ち着きがなくなり、これが瞑想の邪魔になるのだ。求道者<シーカー>が肉を断たないと、一般的に言って微細な経験を得たり、微細なヴィジョンを見たりすることはまずない。

かつて先に進むために、動物意識が必要な時があった。動物は元来攻撃的なものだが、同時にダイナミックに前に押し進める力もその意識の中にはある。動物の資質がなかったなら、木のように自動力のないままでいたか、成長も動きもない石の意識のままでいたことだろう。ただ残念なことには、動物の意識には光明があたっていない、破壊的な資質が多く含まれている。あなた方は既にスピリチュアルな生活に入ったのだから、人生における動物意識の役割はもう終わってしまった。動物の意識から人間の意識に入り、今そこから神聖な意識へ入っていこうとしているのだ。

pizza

玉子と乳製品は大丈夫ですよ!

と乳製品は大丈夫ですよ!

と乳製品は大丈夫ですよ!

果物と野菜の穏やかな資質は、内面と外面の生活において優しさ、柔らかさ、シンプルさ、純粋さを育むのに役立つ。ベジタリアンであれば、自分の内的存在<インナービーイング>がより強固になる助けになる。内的には祈り、瞑想をする。外的には〈母なる地球〉が与える食べ物がわれわれを助け、エネルギーだけでなく、アスピレーションも与えてくれるのだ。

肉が強さをくれるのだと感じている人たちは大勢いるが、一度自分の奥深くに行けば、肉を信じるその考えが強さをくれているのだと云うことがわかるはずだ。その考え方を変え、肉ではなくて、自分の体にみなぎるスピリチュアルなエネルギーが強さをくれているのだと思うことも出来る。このエネルギーは適切な栄養と同時に、瞑想から得ることが出来る。アスピレーションと瞑想からもらう強さは、肉からもらう強さより限りなくパワフルなものなのだ。

ベジタリアンの方がスピリチュアルな生活における進歩が早い、と云う結論に達したスピリチュアルな求道者<シーカー>は大勢いるが、ベジタリアンであると同時に祈り、瞑想しなくてはいけない。アスピレーションがあれば、ベジタリアンの食生活がより大きな助けとなる。それは身体の純粋さが内的アスピレーションを、もっと激しくもっと魂のこもったものにしてくれるからだ。しかし一方で必ずしもベジタリアンでないことが、スピリチュアルな前進が出来ないとか、神を悟ることが出来ないと云うことではない。

~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

Play video

リンク

 

準備しないと試せない

準備しないと試せない。
試さないと前進しない。
前進しないと完成しない。
完成しないと満足しない。

No preparation, no attempt.
No attempt, no progress.
No progress, no perfection.
No perfection, no satisfaction.

(シュリ・チンモイ著「瞑想」第3章より)