2017年11月西 東京市田無でディテーションワークショップ

クラスのお知らせ

11月28日(火)、30日(金)夜
西東京市田無でブラジルからアシルバードさんを招いてメディテーションワークショップがあります。
全クラス無料です。不定期のクラスですのでぜひこの機会にお越しください。
クラスは英語で行われますが通訳があります。詳細をお知りになりたい方は、ご連絡先電話番号をメッセージボックスに記入してください。折り返しこちらからご連絡いたします。
Ashirvad from Brazil is going to have classes in Tanashi in november. Free. Please leave your phone number we will call you. We will have classes in English and Japanese translation.

アシルバード:シュリ・チンモイに師事して20年。瞑想のクラスを世界各国で行っています。10回目以上来日しています。
Ashirvad has been leaning meditation for more than 20 years under the guidance of Sri Chinmoy.  He has been doing classes in around the world. He has been in Japan more than 10 times.

 

2015年3月 ゲスト講師の瞑想クラス・鷺宮・中野・練馬・新宿の近辺

site-patangaPatanga Cordeiro [パタンガコルデイロ]

ブラジル生まれ。シュリ・チンモイに師事し瞑想を学んで11年。瞑想ワークショップを行って 9年になる。ウルトラマラソンを走るのが大好きです。今回が1度目の来日。クラスでは通訳が付きます。

  • 瞑想クラス・鷺宮・中野・練馬・新宿の近辺

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ウパニシャッドの一つは瞑想には…、オーラ…、魂が体から出て…


~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


我が魂は
人生の闘いを超え
無限を飛んでゆく火の鳥

 

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ウパニシャッドの一つは、瞑想には三種類あると述べている。低いレベルの瞑想、微細な瞑想、そして超越瞑想だ。あなたの経験の場合は、このうちの最初の段階で起こっている。非常に高い瞑想をしているにもかかわらず、あなたは自分全体の存在がそこにあるとは感じられないのだ。霊的な意識においては非常に高い瞑想をしているのですが、完全に実りのあるものではない。なぜなら内的家族のメンバー全員が参加してはいないからだ。

第二段階の瞑想では、自分の意識を完全に認識し、その中でその意識と完全に一つになる。今はただ〈意識〉という言葉を使っているが、この段階になると、実際に意識が何なのか見えて、感じられるようになる。一瞬一瞬に、自分の中にある聖なる光の一筋、そしてすべてに行きわたる光が見えるようになる。この光が〈至高なるもの〉とあなたを結んでいるのだ。この瞑想の段階では、あなたは地球と天国をつなぐ存在になる。

第三段階の最も高い瞑想は、超越瞑想だ。この段階では自分自身を〈瞑想する者〉と〈瞑想それ自体〉の両方として感じ、または見ることが出来る。この段階では見るものと見られるものが一つになる。これが起こるのは最高の〈超越の意識〉においてだけなのだ。それは、〈誘惑・フラストレーション・不安・恐れ・嫉妬・失敗〉といった自然の舞を超えたところにある。しかしだからといって、低いレベルの瞑想では自分なりの最も深い瞑想には入れないということはないのだよ。入ることは出来ても、その最高に深い瞑想を享受しているのはハートと魂だけで、ボディ、バイタル、マインドは享受してはいない。だからこのレベルの瞑想を低いレベルの瞑想と呼んでいるのだ。

Q: 魂が体から出てしまったという経験を瞑想中に一度したのですが。

A: 瞑想中に魂が体から出るということはある。場合によっては魂が本当にパワフルに前面に出てきて、身体の意識がなくなってしまうか覆い隠されてしまうか、または魂の光によって完全に光が当てられ、変革されてしまうのだ。

Q: 瞑想中に見えるオーラについてお話し下さいますか?

A: 人間は誰でもオーラがある。瞑想中に自分のオーラが見えるかも知れないが、集中している最中や、睡眠中にも見えることがあるかも知れない。瞑想とオーラに直接のつながりはない。ただ一つ言えるとすれば、瞑想することによってより平穏な意識に入って行き、そのような意識のときはオーラが見えやすいものだ。

~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

 

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祈りと瞑想:羽ばたくための 2 つの翼


~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


boy祈りは平和な人生をあたえ
瞑想は美しいハートをもたらす

祈る時、神は自分より高いところ、頭の上の方にいると感じている。
瞑想する時、神は自分の内深く、ハートの中にいると感じている。

(…)

祈りは純粋だ。マインドはいつも猜疑心、恐れ、心配、不安にさらされ、誤った考え、間違った動きに襲われている。祈りはそれを浄化してくれる。祈りによりマインドは純粋になり、その純粋さは神を受け取る力を高めて行く。

純粋さとは、何を隠そう、神を受けいれる力のことなのだ。祈るたびに内的な器は、どんドん大きくなり、さらに大きく、何よりも大きくなってゆく。すると〈純粋さ・美しさ・光明・喜び〉はその器に入ってきて、ハートの一番奥で共にたわむれる。

瞑想は光の輝きだ。それはハートに光明をもたらす。ハートに光が当たると、不安感や欠乏感は消滅してしまう。その時われわれは、宇宙の意識と超越の意識との分かちがたい一体感の歌を歌う。われわれのハートが光明に照らし出されると、有限なものは無限の中に入り、無限そのものになる。何千年も続いた束縛は消え去り、無限の真実<トゥルース>と光明<ライト>の自由がわれわれを出迎えてくれる。

祈りは神にこう云う。「愛するスープリームよ、あなたは私のもの。あなたは紛れもない私のものなのだとここに宣言します。神聖な資質を尽きることなくお与えください。この地球で私があなたの完璧な道具になれるように。」

瞑想は神にこう云う。「ああ、愛するスープリーム、私はあなたのものです。あなたの御こころのままにいつでも私をお使いください。いつまでも、いつまでも。私を通し、ここ地球で、そして天国で、御自分を満たしてください。」

祈りの最もふさわしいありかたは、日々それを行うと云うこと
瞑想の最もふさわしいありかたは、魂から経験すると云うこと
ヨーガの最もふさわしいありかたは、誠実に生きると云うこと
神の最もふさわしい定義こそは、
神を、神だけを、無条件に愛すると云うことだ

祈りとは絶対的な勢いをもち、空高く上に向かって舞い上がってゆくものだ。祈るとき、それは自分の存在が一点を指し、上に向かって舞い上がっていく炎のように感じる。足の先から頭頂まで自分の存在のすべてが上に向かって祈り、叫んでいるのだ。昇ることによって手を伸ばし神に届くこと、これが祈りなのだよ。

瞑想とは広く広大で、最後には〈無限〉に広がっていくものだ。瞑想では、広大な広がり、限りない平安と至福の海の中へ自分を投げ込む。あるいは自身の内に、無限の〈広大さ〉を呼び入れる。祈りは昇り、瞑想は広がって行く。瞑想は常に〈平安・光明・喜び〉の中で大きくなり広がってゆく。瞑想すると、徐々に光明と歓びの宇宙全体を見、感じ、そして自分がその宇宙そのものになってゆく。

~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

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観想の練習


~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


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観想練習

1      かくれんぼ<ハイドアンドシーク>

黄金の存在を想像し、その存在は今までこの世で見た最も美しい子供より限りなく美しいと思ってごらん。それが〈愛しのロード・スープリーム〉だ。あなたは神聖な愛し子で、黄金の存在は〈愛しの主なるスープリーム〉だ。

さあ、あなたと〈スープリーム〉はヒマラヤにある山の頂上か太平洋の一番底にいると想像してみるがいい。どちらでもかまわない、あなたが想像出来るほうでいい。想像出来たら、内的に微笑んでごらん。

何秒かしたら、あなた自身が〈愛しのスープリーム〉で、その黄金の存在が神聖な愛し手だと感じてみるのだ。これはちょうど、神聖なかくれんぼをしているようなもの。あなたが愛しの〈スープリーム〉になると、神聖な愛し子があなたを探す。そしてあなたが神聖な愛し子になると、愛しの〈スープリーム〉を探す。

この瞬間はあなたは最高の愛し子で、次の瞬間にはあなたが愛しのスープリームなのだ。最初は半眼でやること。上手くなったら、目を閉じてもかまわない。

~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

真実になる ― 観想


~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


真実になる ― 観想

sri-chinmoy-meditating-204x300集中は一点に注意を集める。瞑想は自分の意識を〈広大なもの〉まで拡大し、その意識の中へ入っていく。しかし観想では〈広大なもの〉自体になってゆき、その意識が他でもない自分のものとなる。観想は最も深い集中と、最も高いレベルの瞑想に同時にいることだ。瞑想で見え、感じた真実―観想ではその真実になっていき、完全にそれとひとつになる。神に集中しているときは、神を眼前に感じるかもしれないし、すぐとなりに感じるかも知れない。また瞑想しているときは、自分の内側に〈無限〉〈永遠〉〈不滅〉を感ぜずにはいられない。しかし観想では、自分自身が神であり、自分自身が〈無限〉〈永遠〉〈不滅〉そのものだと云うことがわかる。

観想とは、意識的に無限で永遠な〈絶対的存在〉とひとつになることだ。観想において、〈創造者〉と創造物、愛する者と〈愛しい存在〉、そして知る者と知る対象はひとつになる。この瞬間われわれは神聖に愛する者であり、神が愛しの〈スープリーム〉となる。そして次の瞬間には役割が交代する。観想では〈創造者〉とひとつになり、宇宙全体を自分の内側に見ることが出来る。そのとき、自分自身の存在は最早なくなってしまう。何か、〈光明・平安・至福〉を力強く発しているものが見えるだけだ。

集中から得るメッセージ
それは冴えた頭でいると云うこと
瞑想から得るメッセージ
それは広大さ
観想から得るメッセージ
それは分かちようのない一体感

瞑想と観想

OLYMPUS DIGITAL CAMERAある特定の神聖な資質、たとえば〈光明・平安・至福〉に瞑想したり、抽象的に〈無限〉〈永遠〉〈不滅〉に瞑想したりすると、内側に特急列車が走っているのをいつも感じる。特急列車が動き続けている間に〈光明・平安・至福〉に瞑想しているのだ。マインドは〈無限〉の広大さの中で落ち着いて静かだが、それでもまだ動きがある。列車は止むことなくそのゴールに向かって走っている。われわれはゴールを心に描き、瞑想はそこへ連れて行ってくれる。

しかし、観想はちがう。観想では、宇宙全体、そしてもっとも遠いところにある〈ゴール〉が自分の奥深くにあると感じる。自分の中に宇宙全体とその無限の光明、平安、至福と真実を携えていると感じる。そのとき最早、思考も、形も、思いも存在しない。観想では全てが意識の流れ一つに合流してゆく。最高レベルの観想では自分が意識そのもの以外の何物でもないと感じる。

〈絶対的存在〉とひとつなのだ。しかし、最高レベルの瞑想では意識の中にダイナミックな動きが起こっている。内側の世界と外側の世界で何が起こっているのか全て分かっているが、それに影響されることはない。観想でも、瞑想と同じく、内側の世界と外側の世界で起こっていることに影響されることはない。しかしその違いは、自分の存在全体が宇宙と切っても切れないものなり、そしてその宇宙を自分の奥深くに携えていると云うことなのだ。

~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

2013年5月___瞑想を始めよう!

5月のスペシャル・ゲスト シリーズ(東京、横浜)

シュリ・チンモイの瞑想法をつかった
瞑想ワークショップ(東京、横浜)

2013年5月のスペシャル・ゲスト シリーズです。この機会に瞑想を学んで毎日の生活に取り入れてみませんか?

開催場所:

東京中野区、杉並区、神奈川県横浜市。詳しいスケジュールはお問い合わせフォームへどうぞ。

参加費:

無料

スペシャル・ゲスト講師 その1:

アシルバード・ザイアントチック(ブラジル)

アシルバードの略歴:

ブラジル生まれ。15年にわたってシュリ・チンモイに師事し瞑想を学ぶ。これまでにヨーロッパ、アジア、南北アメリカ等25カ国で瞑想ワークショップを開催。日本はこれが9度目の来日。基本的な呼吸法、マントラによる集中テクニックなどの実習の後、ワークショップの最後ではシュリ・チンモイ師の無分別三昧の際の高意識の写真を用いた、パワフルな瞑想法を指導している。

スペシャル・ゲスト講師 その2:

abhisar-smアビシャル・ラジャ(チェコ)

アビシャルの略歴:

チェコ生まれ。シュリ・チンモイに師事し瞑想を学んで17年。チェコ、ポーランド、ハンガリー、ルーマニアなど主にヨーロッパで瞑想ワークショップを行って15年になる。人道支援や国際交流のボランティア活動にも活発に取り組む。今回が3度目の来日。