~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より


マインドは質問の洪水だ
それに答えられる師はただ一人しかいない
一体それは誰だ?
それこそは静寂を愛する
あなたのハートなのだ

Q: 瞑想中に創造的な考えが浮かんだら、それを追っていった方がいいですか?それともハートの中で、ただそれを感じようとした方がよいのでしょうか?

pink-rose-400x240A: 前向きな考えが浮かんだら、それはただちに神<スープリーム>からの祝福だと思って間違いない。しかし、それがどんな種類のインスピレーションなのかわかっていないといけない。明るく照らされるようなインスピレーションであるなら、また何かとてもよいことをするための、創造的なインスピレーションであるなら、追っていくといい。創造的な考え、より高いゴールを示してくれる考えには何でも従った方がいいだろう。あるインスピレーションが、あなたの人生に何か新しいものをもたらしてくれ、あなたの人生を変革してくれるのであれば、そのときには追いかけていくべきだ。

あなたがたはインスピレーションはマインドの中だけに存在し、アスピレーションはハートの中だけに存在すると感じているかもしれないが、アスピレーションがマインドにあることもあれば、インスピレーションがハートにあることもある。インスピレーションがアスピレーションにやってくることもあり、その反対もありえる。しかし、そう云うインスピレーションは、とても高い種類のものでなくてはならない。そうでなければそれは全く瞑想の助けにはならない。瞑想中に、おいしいクッキーを焼こうと云うインスピレーションが湧いたとしても、これは時間の無駄でしかない(笑)

明るく輝くインスピレーションなら、「その創造的なアイデアがまさに自分自身の進歩なのだ」と受け止めるがいい。なぜならその創造的なアイデアは、この物質世界で体現されたいと望む別世界から来た創造物なのだから・・・・ だからその場合には瞑想の後でその考えを書き留めて置くほうがいい。そしてそれを後でさらに深めてゆくことになる。

 

Q: 瞑想するとき、何か特定のものを期待するのはいけないことなのですか?

Liliya-300x218A: 瞑想中はただあなたの内的、外的な存在をすべて神<スープリーム>〉に投げ出すようにすること。何も考える必要はない。ただ、光明<ライト>・平安<ピース>・至福<ブリス>・力<パワー>の海に自分を投げ入れるのだ。

しかし、何かある特定の神聖な資質や結果を期待してはいけない。それは自分のことも、神<ゴッド>のことも縛っていることになってしまうからだ。なぜなら、人の期待は無限ではなく、非常に限界があるからだ。期待するとただちにマインドが働き、受容力がとても限られてくる。でも何も期待しなければ、受容力の問題は神<ゴッド>の問題となる。そのとき神は確実に、あなたに全てを極限なく与え、と同時にあなたの中に与えるものを受け取るのに十分な受容力を作り上げてくれるのだ。

最も高いレベルの瞑想とは、静寂<サイレンス>の中で一つの目的のためになされるもの。――それは、神に神のやり方で喜んでもらうことなのだ。

瞑想する時、自分は神のやり方で神に喜んでもらっている、と感じられるなら、それが最善の瞑想だといえる。さもなければ、喜びを得るために瞑想を始めたら、喜びを得るかも知れないが、無限の喜びと云うのを得ることは出来ない。なぜなら、あなたの〈永遠なる愛しい存在〉である神<ゴッド>を、神のやり方で満足させてはいないからなのだ。

「御心のままに。」と救世主イエスキリストが言ったことは、まさに最高の高みにある真実なのだよ。瞑想する前に、瞑想の結果を源<ソース>に捧げ、「どうか貴方の完璧な道具にしてください。貴方が望むように、私の中で、私を通して御自分を満たすことが出来ますように。」 と言えれば、これはもう間違いなく、最も高いレベルの瞑想なのだ。

~ シュリ・チンモイ 著書「瞑想-人間の完成と神の満足」より

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